絵画コレクション

白い花の少女
「白い花の少女」
リトグラフ
サイズ 69×58

Bernard Charoy 〜シャロワ〜

1931年 フランスのロレーヌ生まれ。
1953年 モンマルトル・ドジョワのアトリエで絵画の技法を学ぶ。1957年 〜 1973年頃まで、主に本の挿絵やポスターのイラストを手掛け、政治家の肖像画が高い評価を得た。
1974年 以降、パリをはじめ、ヨーロッパ各地で個展を開催。
1976年 日本、アメリカ向けにリトグラフを出版、スイスのバーゼル国際展にも出品し、絶賛を浴びる。彼の作品は、肖像画から生まれる古典的な趣の中に新たな女性像を描き、高い人気を得ている。

ゴルフ場
「ゴルフ場」
リトグラフ
サイズ 91×74

Daniel Sciora 〜スキオラ〜

1945年 パリ生まれ。ニースのエコール・デ・ボザール、パリのアカデミー・ジュリアンで絵画を学ぶ。
1964年 セーヌのグランプリ受賞。 1965年 ジュリアンアカデミーのモールス・ピエール賞受賞。
1970年 サロン・ドートンヌ賞を受け、会員となる。
1971年 パリで初の油絵展開催。
1972年〜1973年デッサンと油絵をコンパレゾン、時代の証人画家展、アルティスト・フランセーズ等多数のグループ展に精力的に出品している。

夜の旅
「夜の旅」
リトグラフ
サイズ 87×70

鈴木敦子

1968年 愛知県生まれ。
1990年 中部春陽会入選。
1991年 名古屋芸術大学美術学部絵画科卒業。
名古屋にて初個展。以後愛知・東京・千葉を中心に個展を開催。

パリ風景
「パリ風景」
リトグラフ
サイズ 79×66

鈴木マサハル

1945年 神奈川県横浜市に生まれる。 1964年 武蔵野美術大学入学 1966年 第一美術展奨励賞、神奈川県展最高賞受賞など。現在無所属、全国百貨店・画廊にて個展多数開催

サウスベイ
「サウスベイ」
リトグラフ
サイズ 61×78

Andrew Styliano 〜スティリアーノ〜

美術学校を終えると直ちに、絵画とイラストのための自らの工房を設立した。
彼の色彩の好みは、自然に彼を南国に赴かせた。そこではパレットに自由に絵の具を使え、また異国的で洋行にあふれた光景におもいっきり浸ることができるからである。
彼の描写する光景によって、わたしたちの自然に対する感受性を改めて高めてくれる。彼の生き生きとした色彩は、まさにカリブと南太平洋の島々の産物と言えよう。

アクションY
「アクションY」
リトグラフ
サイズ 45×52

Victor Spahn 〜スパン〜

1949年 生まれ。
数年間モザイクの分野で働き、モザイクテーブルの制作で賞を獲得する。
1970年から絵画の勉強を始め 1971年にはアンドレ・ランスキーの弟子となる。
著名なサロンド・オータムまどパリのサロンを注進に個展やグループ展を数多く開催。
1978年 ヘンリ・クロールダン賞を受賞する。また、絵画制作に加えてフランス公共建築物のフレスコ壁画、リヤドの邸宅デザインと幅の広い活動を展開している。

サンジェルマンの朝市
「サンジェルマンの朝市」
リトグラフ
サイズ 54×66

関拓司

1932年 茨城県日立市に生まれる。
1965年 新協美術会に参加。
1976年 新協美術会賞を受賞。
1977年 安井賞展入選。
1978年 二元会賞受賞。
1982年 桂冠賞受賞。
1984年 ヨーロッパ賞受賞。
1985年 内閣総理大臣賞受賞。
二元会常任理事、日本美術家連盟会員。

ドリーマーズコテージ
「ドリーマーズコテージ」
リトグラフ
サイズ 86×102

Sergon 〜セルゴン〜

フィリピン、マンアに生まれる。
現在は、カリフォルニアのアトリエにて、制作活動をしている。フィリピン大学芸術科にスカラシップを得、イタリアのフローレンス・メディチのスキュドラ・ロレンゾに留学した。
若くから才能を発揮して、故マルコス大統領府にも多くの作品が収蔵された。
その後は、世界的に活躍して、アメリカ、日本等、多くの国で展覧会が催される。

サラ
「サラ」
リトグラフ
サイズ 79×83

Itzchak Takay 〜ターカイ〜

アイザックターカイは、1935年 ユーゴスラビアに生まれる。テルアビブのアブニ芸術学院も、エルサレムのベサレルアカデミーに学ぶ。
ターカイは、フランスの印象派やエコールドパリの画家たちにインスピレーシュンを得て、その作品を生み出した。また、彼のドローイングはトルーズロートレックの影響を受けている。
彼の作品は豊かで審美的な画風でタペストリーのような仕上がりになっている。

春恋し
「春恋し」
リトグラフ
サイズ 64×52

竹久夢二

明治17年 岡山県邑久郡本庄村に生まれる。
明治34年 家出して上京。翌年、早稲田実業学校に入学。
明治38年 「中学世界」に投書したコマ絵「筒井筒」が第一賞に入選。「夢二」の名が初めて用いられ、投書家時代を終えて画家としてスタートする。
大正1年 京都府立図書館において第1回夢二作品展覧会開催。
大正7年 京都府立図書館において第2回竹久夢二抒情画展覧会 。
昭和 6年 アメリカ・ヨーロッパへ旅立つ。
昭和 9年 富士見高原療養所で50歳の生涯を閉じる。

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